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東京地方裁判所 昭和36年(レ)509号 判決

控訴人 頼百禄

被控訴人 陳重光

主文

原判決を取り消す。

本件訴を却下する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取り消す、被控訴人より控訴人に対する新宿簡易裁判所昭和三〇年(ユ)第二一六号家屋明渡等請求調停事件の調停調書に基づく強制執行は、これを許さない、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

被控訴代理人は、

新宿簡易裁判所昭和三〇年(ユ)第二一六号家屋明渡等請求調停事件の調停調書(以下本件調停調書という)に基づく強制執行は、昭和三六年九月二八日に行われた執行によつてすでに完結しているから、本訴は不適法である、

と述べ、乙第一、二号証を提出した。

控訴代理人は、

本件調停調書に基づく強制執行は、執行目的物件の建物(東京都新宿区新宿三丁目二四番地所在、木造亜鉛板葺二階建店舗一棟、建坪三四坪六合二勺四才、二階三四坪九合五勺七才。以下本件建物という。)に対する明渡しの執行が未了であつて、完結していない。即ち、

一、建物明渡しの強制執行においては、単に占有のみを移転する引渡しの場合と異なり、建物内に存する債務者所有動産を取り除いた上、建物を空物にしてこれを債権者に引き渡すのが建前で、動産の除去と建物の引渡しとが相いまつて、はじめて建物明渡しの強制執行は完結するのである。この場合、動産の除去は建物引渡しの前提となるものであるから、動産を残置したまま建物を引き渡すことは許されないものというべきであるが、仮に動産残置のまま建物が引き渡されても、この場合の建物の引渡しは、単に建物に対する事実上の支配が債務者から債権者に移転したということに過ぎないのであつて、動産が取り除かれない限り執行法上建物明渡しの強制執行が終了したことにはならない。

このことは、次の理由からも明らかである。債務者の所有動産が建物内に存在するということは、債務者の建物占有を表象する事実であるから、建物内に債務者所有動産が残置する以上、建物に対する債務者の占有は完全には解けていないことになり、かゝる状態で債権者に建物の事実上の支配を移転したとしても、未だ建物の引渡しを完全に終えたことにならない。建物明渡しの強制執行が完結したというには、建物内に一点の遺留品も存在しない場合でなければならないのである。

これを本件について見れば、被控訴人主張の強制執行によつて、控訴人所有の大型クーラーが搬出されることなく残置せしめられたことは、執行調書の記載自体から明らかであり、なおこのほかに、控訴人所有のクーリングタワー、その他の造作類も残置していたのであるから、本件建物の明渡しの強制執行は未だ完結していない。

二、本件執行調書によれば、控訴人所有物件中、クーラーは控訴人が後日引き取る旨申出たのでそのままにし、その余を全部本件建物内より取り除いて、控訴人の本件建物に対する占有を解き、これを被控訴人に引き渡した旨記載されている。

本件建物内にクーラー以外にも控訴人所有動産が残置していたことは前述のとおりであるが、この点はしばらくおくにしても、建物明渡しの強制執行において、債務者の動産を取り除かず、債務者の搬出の申出を容れて、これを残置したまま執行を完結するという法的根拠はないから、かゝる執行は違法であつて、執行吏が現実にこれらを取り除かない限り、執行は完結することはない。

仮に、便法として債務者の任意の搬出を認めることが許されるとしても、控訴人において執行調書に記載されたような申出をした事実はなく、またかゝる取扱の場合の執行終了の時期は、債務者が申出どおりこれを搬出しないときは、結局執行吏によつて取り除かせるため執行を続行するほかないことを考えれば、債務者が現実に搬出したときに執行が終了するものと解さざるを得ないが、本件において控訴人はクーラー等を自ら搬出したことはないから、かかる意味合いにおいても、本件建物明渡しの強制執行が完結したものとはいえない。

なお、クーラーはクーリングタワーとともに、執行当日の夕刻から夜にかけて、執行吏の関与なく、被控訴人が実力でこれを本件建物より搬出し、路上に放置したが、被控訴人のこの搬出は、執行吏自身の執行によるものでないことは勿論、執行吏の命令に基づくものでもなく、強制執行とは全く無関係であつて、かゝる事実の存否によつて本件建物明渡しの強制執行が完結したか否かが左右されるものではない。

三、以上の控訴人の主張に反し、債務者所有動産残置のまま建物明渡しの強制執行が完結するものと解すると、残置物件の取扱いについて種々の疑義が生ずる。例えば、債権者は残置物件をどう処理すればよいのか、また債務者はこれをどうして取りもどしうるのかなどが不明であり、更に、残置物件に対する占有が債務者から債権者に移転するものとすれば、それは正当な権限に基づかない占有の移転であるから、刑法上の窃盗罪を構成する可能性がある。

四、このように、本件建物明渡しの強制執行は、未だ完結していないといわなければならないが、これは、控訴人に執行力ある正本が交付されていないという事実によつても裏書きされる。

と述べ、乙号各証の成立は認めると述べた。

理由

被控訴人は、本件調停調書に基づく強制執行は、すでに完結しているから、本訴は不適法である旨主張し、控訴人は、本件建物明渡しの強制執行が未了であるとして、これを争うので、まずこの点について判断する。

請求異議の訴の目的は、債務名義に表示された請求権の不存在等を理由に債務名義の執行力を排除することにあると解される。従つて、債務名義に表示された請求権が、執行行為により全部満足を受けその結果、債務名義の執行力が消滅するに至つた場合はもはや請求異議の訴を追行することは無意味であり、従つて爾後この訴は許されないものといわなければならない。

ところで、本件調停調書には、本件建物の明渡しと二個の電話の引渡しが定められていることは、当事者間に争いのないところ、成立に争いのない乙第一号証によれば、東京地方裁判所執行吏代理高松信雄は、被控訴人の委任を受けて、本件調停調書に基づく強制執行手続を実施するため、昭和三六年九月二八日午前九時三〇分頃本件建物におもむき、控訴人に対して執行を開始し、被控訴人の代理人が準備した人夫に補助させて本件建物内の物件を屋外に搬出し、これを控訴人に引き渡し、後記大型クーラーの外に遺留品がないと認めて、本件建物に対する控訴人の占有を解き、これを被控訴人の代理人に引き渡して、本件建物の現実支配を被控訴人に移し、かつ、本件調停調書記載の電話二個も同時に被控訴人の代理人に引き渡した上、執行の完結を宣言して、その旨の執行調書を作成したこと、この際、同執行吏代理は、一階隅にあつた大型クーラーは取り付けで搬出が困難であり、控訴人において後日これを任意引き取る旨申し出たものであるからという理由で、これをそのまま残置したことが認められ、右認定に反する証拠はない。もつとも、控訴人は、執行調書の記載を争い本件建物内には、大型クーラーの外控訴人所有のクーリングタワー及びその他造作類が残置されていたと主張するが、成立に争いのない乙第二号証によれば、被告人の主張するこれらの物件は、家屋に付加して一体となることにより、若しくは特約によつて被控訴人の所有に帰したと認められるようなもので、これらの物件と大型クーラーとを除くその余のめぼしい控訴人所有の動産はほとんどすべて屋外に搬出され控訴人に引き渡されたものと推認される。(なお、控訴人は、大型クーラーを後日任意に引き取る旨の申出をした事実はないと主張し、この点についても、執行調書の記載を争つているが、この点の事実を確定することは、本件の判断にとつて必要でないのでこれを確定しない。)

以上の事実関係によれば、本件建物内に若干の控訴人所有動産が残置されていたとはいえ、その余のめぼしい控訴人所有の動産は、ほとんどすべて屋外に搬出され、控訴人に引き渡され、外形的にも、家屋に対する控訴人の占有が排除されたものと認められる状態において家屋の占有が被控訴人に引き渡され、被控訴人がその現実の支配を開始したものと認められるので、これにより、被控訴人の明渡請求権はすでに満足され、本件調停調書の執行力はこれによつて消滅しているものといわなければならない。

この点について、控訴人は、債務者所有動産が建物内に残置する場合には、当該建物に対する債務者の占有は完全に解けるということはなく、債権者に建物の占有が完全に移転することもないと主張し、また民事訴訟法第七三一条第三項の手続が完全に終了しないかぎり、執行法上、建物明渡しの執行が終了したとはいえないとも主張する。しかし、建物内に債務者所有の動産を存置したままで建物自体の占有を債権者に引き渡すことが理論上絶対に不可能というわけではなく、また建物内に動産を存置することが当然に建物に対する占有の保持を意味するわけのものでもない。ただ、建物内に債務者所有の動産を存置したままで、建物の占有を債権者に引き渡すときは、建物に対する現実の支配が移転したかどうかにつき外形上疑議を生じ、また執行終了後、これら動産の所有関係、占有関係につき紛議を惹起する虞れがあることは否定し得ないところである。民事訴訟法第七三一条第三項は、かような点の考慮から、家屋に対する明渡しの執行を明確完全のものとし、後日に疑議乃至紛議を残さないようにするために建物明渡しの強制執行の際、執行吏に執行目的物件でない動産も取り除いて債務者に引渡すべき旨定めたものであつて、同条は、ひつきよう、建物明渡しの執行手続を明確、完全に遂行させるための手段ないしは附随的手続を定めたに過ぎないものと解すべきである。従つて、同項の手続が瑕疵なく完了されたということが建物明渡しの執行が終了したと認めることの不可欠の要件となるものと解すべきではなく、建物明渡しの執行が終了したかどうかは、もつぱら、建物に対する債務者の占有が外形上排除されたものと認められる状況において建物の占有が債権者に引き渡されたかどうかを基準として判定すべきものであり、この基準によれば、本件においては、建物明渡しの執行はすでに終了したものと認むべきことは、前判示のとおりである。従つて、この点に関する控訴人の主張は採用し得ない。

なお、債務者(控訴人)において後日クーラーを任意引き取る旨の申し出があつたから、これをそのまま残置して家屋明渡しの執行を完結した旨の執行調書の記載が、若し、控訴人から遅怠なく任意引取の申出がない場合には後日民事訴訟法第七三一条第三項以下の手続を追完すべきことを前提として右申出のあるまでの間一時、執行吏のために右動産の保管を債権者(被控訴人)に託した趣旨であるとすれば、その後債務者より遅怠なくその引取りの申出がない場合には、債権者は、執行の方法に関する異議(民事訴訟法第五四四条)の手段により、民事訴訟法第七三一条第三項以下の手続の追完を要求することができるし、債務者もまた、債権者が右物件の任意引渡を拒む場合には、執行の方法に関する異議の手段によりその引取りを要求することができるが、以上と異なり、右執行調書の記載の趣旨か、クーラーの占有を家屋自体の占有とともに債権者に引き渡した趣旨であるとすれば、債務者は、右物件の引取りについては、もはや、執行法上の救済手段に訴える途はなく、別訴提起の方法によらざるを得ないこととなる。けれども、いずれの趣旨であるにせよ、家屋明渡しの執行が終了したかどうかは、もつぱら、前示の基準により判定さるべきものであるから、本件において、クーラー等につき、なお、同条第三項以下の手続を続行する余地があるかどうか、従つて、この関係で、なお執行の方法に関する異議が許されるかどうかということによつて、家屋明渡しの執行が完了したとする前示の判断が左右されることはあり得ないものといわねばならない。同様の理由により、仮りに、執行正本が債務者に交付されていないとしても、このことは、家屋明渡しの執行が完了していると解することの妨げとなるものではなく、この場合債務者は執行の方法に関する異議により、執行正本の交付を要求すれば足りるものと解すべきである。

以上の次第で、本件調停調書に表示された請求権は、すでに執行行為によつて満足を受けており、その執行力は全部消滅しているものと認められるから、もはや、これに対し請求異議の訴を提起することは許されず、本訴は不適法な訴といわなければならない。

よつて、右と結論を異にする原判決を取り消し、本件訴を却下することとし、訴訟費用について、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 下門祥人 町田顕)

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